2012年
02月
19日
(日)
06:59 |
編集
興奮冷め止まぬ内にblog書いておきます。
本日、人生初バンド初LIVEが無事終了しました!
なんと、総勢181人ものお客様に来ていただいたとのこと。
イベント自体も初の試みだったのに、すごいなーと思います。
ハコすごい埋まってたもんなー
来ていただいた方々、貴重なお休みの日に本当にありがとうございました!
別途、個別にもお礼申し上げます。
当日ももちろんなんだけどね。
この2か月ちょっとかな(そんなものしかないのか)、すごい楽しかったんです。
私の最近のつぶやき見ててもわかるかもしれませんが。
平日の仕事は、週末の練習を楽しみに毎週乗り切っていました。過言じゃないです。
元々ハマり性なのもあるかと思うけど、いやーハマりました。バンドというものに。
色々あれもこれもやりたがりな私ですが、バンドは今まであまり興味もなく手も出してこなかったジャンル。
それでもハマったのは、曲やメンバーに恵まれていたところが大きいと思う。
偶然にして巡り会わせたものに感謝です。
学生時代からバンド活動していたメンバーと、今回バンドやらライブやら初めて!というメンバーが
一緒になったバンド。異色なんでしょうね。
私は後者側の人間だったので、前者のメンバーにはかなりお世話になり、またご迷惑おかけしました。
自分が耳コピから演奏、アレンジまで全くできないことが悔しかった。
クラシックピアノやってるからキーボードやってみない?というお誘いに安易に乗っかってしまったけれど、
クラシックと今回のバンドのキーボード演奏って全然違う。
リズムやら、楽譜がないことやら、キーボードの使い方や、
更には楽譜通りに弾かず即興作曲したりアレンジしたり…
クラシックではやらなかったことばかり。
正直コードさえわからず、まずはそこから苦労した。
コード?スケール?…でも調べだしたら面白くて。
今まで何も考えなく弾いていた音たちには、ちゃんとこうした理論があるんだなってこともわかって。
他のメンバーは経験者ばかりで、私は抜けるべきかな…なんて思ったりもしてた。
でも途中で来てくれたプロなキーボーディストにかなり助けられて、
なんとか今日のライブまで続けさせていただくことができました。
あんな風に弾けるようになりたいなーって思う。
最初に見たお手本のレベルが高かったので、目標を高く持てることになってよかった。
今回のライブについては、他にもDJに挑戦してみたりしました。
これもまた安易に引き受けてしまったのですが。
今までDJなんてやったことないのに、なぜかやったことあるキャラに認定されていて、
まーやれるでしょ!っていう完全なノリ… 一応PCDJできるtraktorというソフトは持っていたので。
でもよくよく聞くと、どうやら音源がない…?原曲に出てくる効果音みたいな音を作らなきゃいけなさそう…?
私のイメージしていたDJとは、曲と曲を繋いだりmixしたりするものだったので、
これはイメージがかなり違うぞ…と焦り。
でも引き受けちゃったしやるしかない!
ということで更なる挑戦、音制作。
DJも、音制作も、右も左もわからない状態。
とりあえず適当にさわって、いじって、作って。
なかなか思い通りの音にならなくて、ここが本当に苦労しました。
他にはフライヤーを作らせてもらったり。。
平日はほとんど動けないので、
土日にバンド練、キーボード練習、フライヤー制作、DJ練習(やり方解読)、音制作
ってつめこんでました。
何かを作ることとか、仲間と一緒にやることとか、
小学生の頃演劇の舞台を作っていた辺りからずっと好きで、
今まで演劇やらダンスやら映画やら作ってきて、そういう時はすごく楽しかった。
今回もその制作史に刻まれました。
音楽と仲間。一度に得て、LIVEが終わって一度に失って。
失うって表現は正しいかわからないけれど、
少なくとも昨日のLIVEを一つの目標に活動してきたのだから、それが終わってしまえば停止なんだよね。
毎週あった練習がなくなるのは寂しいけど、
音楽理論の勉強とか、キーボード習うとか、個人的にもやれることはいっぱいある。
色々な曲を聴いたり、色々な人のバンドのLIVEを観に行ったり。
自身のスキルを磨いて、また何かしらやれたらいいな、というのが本音。
まとまりがないけど、昨日来てくれた皆様、スタッフ(企画運営等)してくださった皆様、
出演者の皆様、そしてバンド(x2)のメンバー皆様、ありがとうございました!
本日、人生初バンド初LIVEが無事終了しました!
なんと、総勢181人ものお客様に来ていただいたとのこと。
イベント自体も初の試みだったのに、すごいなーと思います。
ハコすごい埋まってたもんなー
来ていただいた方々、貴重なお休みの日に本当にありがとうございました!
別途、個別にもお礼申し上げます。
当日ももちろんなんだけどね。
この2か月ちょっとかな(そんなものしかないのか)、すごい楽しかったんです。
私の最近のつぶやき見ててもわかるかもしれませんが。
平日の仕事は、週末の練習を楽しみに毎週乗り切っていました。過言じゃないです。
元々ハマり性なのもあるかと思うけど、いやーハマりました。バンドというものに。
色々あれもこれもやりたがりな私ですが、バンドは今まであまり興味もなく手も出してこなかったジャンル。
それでもハマったのは、曲やメンバーに恵まれていたところが大きいと思う。
偶然にして巡り会わせたものに感謝です。
学生時代からバンド活動していたメンバーと、今回バンドやらライブやら初めて!というメンバーが
一緒になったバンド。異色なんでしょうね。
私は後者側の人間だったので、前者のメンバーにはかなりお世話になり、またご迷惑おかけしました。
自分が耳コピから演奏、アレンジまで全くできないことが悔しかった。
クラシックピアノやってるからキーボードやってみない?というお誘いに安易に乗っかってしまったけれど、
クラシックと今回のバンドのキーボード演奏って全然違う。
リズムやら、楽譜がないことやら、キーボードの使い方や、
更には楽譜通りに弾かず即興作曲したりアレンジしたり…
クラシックではやらなかったことばかり。
正直コードさえわからず、まずはそこから苦労した。
コード?スケール?…でも調べだしたら面白くて。
今まで何も考えなく弾いていた音たちには、ちゃんとこうした理論があるんだなってこともわかって。
他のメンバーは経験者ばかりで、私は抜けるべきかな…なんて思ったりもしてた。
でも途中で来てくれたプロなキーボーディストにかなり助けられて、
なんとか今日のライブまで続けさせていただくことができました。
あんな風に弾けるようになりたいなーって思う。
最初に見たお手本のレベルが高かったので、目標を高く持てることになってよかった。
今回のライブについては、他にもDJに挑戦してみたりしました。
これもまた安易に引き受けてしまったのですが。
今までDJなんてやったことないのに、なぜかやったことあるキャラに認定されていて、
まーやれるでしょ!っていう完全なノリ… 一応PCDJできるtraktorというソフトは持っていたので。
でもよくよく聞くと、どうやら音源がない…?原曲に出てくる効果音みたいな音を作らなきゃいけなさそう…?
私のイメージしていたDJとは、曲と曲を繋いだりmixしたりするものだったので、
これはイメージがかなり違うぞ…と焦り。
でも引き受けちゃったしやるしかない!
ということで更なる挑戦、音制作。
DJも、音制作も、右も左もわからない状態。
とりあえず適当にさわって、いじって、作って。
なかなか思い通りの音にならなくて、ここが本当に苦労しました。
他にはフライヤーを作らせてもらったり。。
平日はほとんど動けないので、
土日にバンド練、キーボード練習、フライヤー制作、DJ練習(やり方解読)、音制作
ってつめこんでました。
何かを作ることとか、仲間と一緒にやることとか、
小学生の頃演劇の舞台を作っていた辺りからずっと好きで、
今まで演劇やらダンスやら映画やら作ってきて、そういう時はすごく楽しかった。
今回もその制作史に刻まれました。
音楽と仲間。一度に得て、LIVEが終わって一度に失って。
失うって表現は正しいかわからないけれど、
少なくとも昨日のLIVEを一つの目標に活動してきたのだから、それが終わってしまえば停止なんだよね。
毎週あった練習がなくなるのは寂しいけど、
音楽理論の勉強とか、キーボード習うとか、個人的にもやれることはいっぱいある。
色々な曲を聴いたり、色々な人のバンドのLIVEを観に行ったり。
自身のスキルを磨いて、また何かしらやれたらいいな、というのが本音。
まとまりがないけど、昨日来てくれた皆様、スタッフ(企画運営等)してくださった皆様、
出演者の皆様、そしてバンド(x2)のメンバー皆様、ありがとうございました!
2012年
01月
03日
(火)
20:31 |
編集
愛を教えてもらった
愛することを
愛されることを
最期の夜、
あんなに苦しそうだったのに、
無理して起き上がって、笑ってくれたね
振り絞った笑顔
私達にもありがとうって伝えてくれたのかな
してあげられなかったこと、
いっぱいあるよ
本当に突然やってくるんだね
宣告されても、いなくなることがrealじゃなかった
散歩ももっとしてあげたかった
海に連れていって思い切り走らせてあげたかった
近くの桜並木まで、連れて行ってあげればよかった
もっと友達に会わせたかった
人が大好きだもんね
もっとお土産も買ってあげたらよかった
世界各地のお土産は、あまりボロボロにしなかったね
いいものと悪いものもわかってたみたいね
映画はまとめきれなくてごめんね
これからゆっくり仕上げていくよ
家族のためにもね
ラフは、うちでよかったのかなぁ
もらったものは本当に大きいんだよ
うちは絵に描くような温かい家庭ではないけれど、
ラフが来てから、少しだけ1つになれたんじゃないかな
みんながラフを大切に思う気持ち
家族が喧嘩しそうな時は、
悲しい顔をしたり、吠えたり、割って入ってくれたよね
うちで、1番空気が読める子
言葉はなくても、お互い伝わってたね
まるで会話してるような感じだったよ
私が辛くて帰ってきた時も、
必ず玄関に迎えにきてくれて
泣いてた時は涙を舐めてくれて
話を聞きながら、温もりをくれた
どんなに人に裏切られても
ラフは変わらず愛してくれたから平気だった
そばにいてくれることが当たり前で
会えなくなる日が来ることなんて信じられなかった
ベッドに入ってきて一緒に寝たこともあったね
勝手にのぼってきちゃって
私の部屋の出窓から外を眺めるのも好きだったね
道行く人や車に吠えてみたりして
やっぱり、外が好きなんだね
もっと、広い世界を見せてあげたかった
最期まで、食欲は止まらなかったね
いつも、3人兄弟みたいに、
私や弟が食べてると、一緒にちょうだいって
自分の分も要求して
だから、食べられなくなったって聞いた時、
もうだめかもって思った
大好きだったラ・フランスさえ、いらないって言うなんて
だんだん、できなくなることが増えていくのは、
見ていられなかった
散歩に行けなくなって
ソファから降りられなくなって
玄関に来られなくなって
走れなくなって
歩けなくなって
トイレも行けなくなって
しっぽを振れなくなって
あまり笑えなくなって
皆がいる、お正月にって、がんばったんだね
クリスマスも危なかったかもしれないのに
うちはなかなか家に揃わない中、
少しでも皆がいる時にって
もう床を歩く爪の音も
吠える声も、すすり泣く声も
聞くことはできないけど
最期に、会えてよかった
笑顔が見られてよかった
ラフも、そう思ってくれてる?
待っててね
まだ少しかかってしまうと思うけど
私も、向こうに行ったらまた会おう
それまでは、こっちで頑張ります
ラフも、苦しくても最期まで頑張ったんだから、
私も絶対、途中でリタイアしない
長い間(本音は、短すぎたよ…)、ありがとう
こんなにかわいい子に出会えて、一緒に暮らせて幸せでした
これからも見守っててね

2011年
10月
01日
(土)
15:32 |
編集
子どもの頃から、大好きな絵本があります。
思い返せば、幼少期から良い絵本に囲まれていたなぁ、と今は親に感謝。
今でも心に残っている絵本がある。
熊が人間になってしまう話(ひげを剃ったりするの)や、台詞のないスノーマン、
開くと飛び出す絵本(他にもしかけがいっぱい!)や、絵で英語の数字とか単語を覚える絵本、
教科書にも載っていたアーノルド・ローベルの「がまくんとかえるくん」シリーズも大好きだったなぁ。
そんな中、最も好きな絵本がこれです。今でも。


「ぼくを探しに」 シルヴァスタイン作
子どもの頃に読んだ時は、あまり意味もわからなくて、
ただなんかきゅんとなった覚えはある。
それから何度か本を家で見かける度に開いていて、
その度に本からのメッセージを受け取っていた。
いつ読んでも心に何かを響かせてくれる本。
泣いた時もあったな。
社会人になって少し経った今、またこの本は私にメッセージをくれた。
「完璧じゃなくていいんだよ」
社会人3年目にもなると、ある程度一人前な仕事を求められるし、
周りとも差がついてきて比べてしまったり、
どうしてできないんだろう、がんばっているのに、
って焦って、完璧を目指そうと奔走する。
でもちょっと落ち着いて見渡してみれば、
上司だって、その上の上司だって、同期だって、完璧なんかじゃない。
どんなにすごい人でも尊敬できる人でも、どこかしら欠点がある。
この本はとても有名なので、今更ストーリーを説明するまでもないけれど、
「ぼく」という欠け(口のよう)のある丸い顔のようなキャラクターが、
自分に合うかけらを探す旅をする、というとても単純なストーリー。
かけらに出会うまでは、虫に出会って会話をしたり、困難を乗り越えたりして、
ゆっくり、楽しそうに前へ進んで行く。
そしてようやく、あるかけらに出会う。
でも、違う。これじゃない。
そんな出会いを繰り返す。
あれでもない、これでもない…
一体いつになったら、本当に自分にぴったりなかけらに出会えるの?
そしてようやく出会えた、自分にぴったりのかけら。
まさに運命の出会い。
だけど、、
ぴったりはまったから、自分が完全な「丸」になったから、
「ぼく」はしあわせになった?
ずっと目指していたものを手に入れても、
ゴールに到達しても、
それが本当のしあわせなのかはわからない。
「ぼく」は、完全な丸になって、早く転がれることがしあわせなわけじゃないと気付いた。
今、「やりたいことがやれる仕事」だったり、「今より稼げる仕事」だったり、
「よりよいパートナー」だったり、
何かしらかけらを埋めようと、皆あくせく探し求め走り回ってる。
(大体私が今悩んでいるようなことは、同世代の友人も同じように悩んでいたりして)
でも、それはやっぱりなかなか簡単に手に入るものではなくて、
それを探し求め日々あっちに行ったりこっちに行ったり、
試行錯誤して少しずつ前に進んで行くことが、人生なんだなぁ、と。
そしてきっと、それを簡単に、早い段階で手に入れてしまったら、
つまらなくなってしまうのかもしれないなぁ、と。
この本を読んで、すっきり!明日からがんばろう!となるわけではない。(私はね)
だからこそ、手に取る度に、「ああ、また読んでみようかな」って、
ストーリーを覚えていてもそう思える。
この本はシンプル故に、読む人、読むタイミングによって解釈が変わる。
私の上記の解釈が正しいというわけでもない。
なので、ぜひ読んだことがない方は、直接手にとって、読んでみてください。
余白がたっぷりな絵にシンプルな短文という本の構成も、なんだか癒されます。
思い返せば、幼少期から良い絵本に囲まれていたなぁ、と今は親に感謝。
今でも心に残っている絵本がある。
熊が人間になってしまう話(ひげを剃ったりするの)や、台詞のないスノーマン、
開くと飛び出す絵本(他にもしかけがいっぱい!)や、絵で英語の数字とか単語を覚える絵本、
教科書にも載っていたアーノルド・ローベルの「がまくんとかえるくん」シリーズも大好きだったなぁ。
そんな中、最も好きな絵本がこれです。今でも。
「ぼくを探しに」 シルヴァスタイン作
子どもの頃に読んだ時は、あまり意味もわからなくて、
ただなんかきゅんとなった覚えはある。
それから何度か本を家で見かける度に開いていて、
その度に本からのメッセージを受け取っていた。
いつ読んでも心に何かを響かせてくれる本。
泣いた時もあったな。
社会人になって少し経った今、またこの本は私にメッセージをくれた。
「完璧じゃなくていいんだよ」
社会人3年目にもなると、ある程度一人前な仕事を求められるし、
周りとも差がついてきて比べてしまったり、
どうしてできないんだろう、がんばっているのに、
って焦って、完璧を目指そうと奔走する。
でもちょっと落ち着いて見渡してみれば、
上司だって、その上の上司だって、同期だって、完璧なんかじゃない。
どんなにすごい人でも尊敬できる人でも、どこかしら欠点がある。
この本はとても有名なので、今更ストーリーを説明するまでもないけれど、
「ぼく」という欠け(口のよう)のある丸い顔のようなキャラクターが、
自分に合うかけらを探す旅をする、というとても単純なストーリー。
かけらに出会うまでは、虫に出会って会話をしたり、困難を乗り越えたりして、
ゆっくり、楽しそうに前へ進んで行く。
そしてようやく、あるかけらに出会う。
でも、違う。これじゃない。
そんな出会いを繰り返す。
あれでもない、これでもない…
一体いつになったら、本当に自分にぴったりなかけらに出会えるの?
そしてようやく出会えた、自分にぴったりのかけら。
まさに運命の出会い。
だけど、、
ぴったりはまったから、自分が完全な「丸」になったから、
「ぼく」はしあわせになった?
ずっと目指していたものを手に入れても、
ゴールに到達しても、
それが本当のしあわせなのかはわからない。
「ぼく」は、完全な丸になって、早く転がれることがしあわせなわけじゃないと気付いた。
今、「やりたいことがやれる仕事」だったり、「今より稼げる仕事」だったり、
「よりよいパートナー」だったり、
何かしらかけらを埋めようと、皆あくせく探し求め走り回ってる。
(大体私が今悩んでいるようなことは、同世代の友人も同じように悩んでいたりして)
でも、それはやっぱりなかなか簡単に手に入るものではなくて、
それを探し求め日々あっちに行ったりこっちに行ったり、
試行錯誤して少しずつ前に進んで行くことが、人生なんだなぁ、と。
そしてきっと、それを簡単に、早い段階で手に入れてしまったら、
つまらなくなってしまうのかもしれないなぁ、と。
この本を読んで、すっきり!明日からがんばろう!となるわけではない。(私はね)
だからこそ、手に取る度に、「ああ、また読んでみようかな」って、
ストーリーを覚えていてもそう思える。
この本はシンプル故に、読む人、読むタイミングによって解釈が変わる。
私の上記の解釈が正しいというわけでもない。
なので、ぜひ読んだことがない方は、直接手にとって、読んでみてください。
余白がたっぷりな絵にシンプルな短文という本の構成も、なんだか癒されます。
2011年
04月
17日
(日)
22:16 |
編集
あまり実感がないけど、もうアラサー突入かぁ。
今の30代ってほんと若いし、キラキラしてる。
憧れの先輩がいっぱい思い浮かぶ。
だから決して"アラサー突入"はネガティブなことじゃない。
やっと自立して、自分でコントロールして、自由に生きられるようになるんじゃないか、って希望に溢れる。
女性としても輝ける今後、
女磨きも怠らないでいたい。
今日はデジタルだけど、満面の星空を眺めた。
北欧で見た、リアルな星空を思い出した。
あの星空は忘れられないし、更にあれにオーロラのレイヤーを重ねた景色を、いつか絶対に観たい。
今年は、しばらくひきこもってた(?)分、
また新たに活動的になりたい。
経験値を増やして、友達も増やして、視野を広げて、遊んで。
仕事も大分自分の領域やスタンスが見えてきた分、モチベーションも少し上がってきたし。
別の道筋も探しながら、でも今の仕事を自分なりに広げていくことも大事だと思う。
GWはカンボジアに行きます。
今の自分をいたわること。
それができてなかった。
自分が喜ぶことを、積極的にしてあげること。
自分を大切にしてあげるってどういうこと?
それを考えながら、1年を過ごしたい。
もちろん、いつも周りにいてくれる人に対しても、感謝を忘れず。
周りの人を大切にできる人間にもなりたいなぁ。
ワインが回ってて、いい気分で、まったくもって抽象的な日記ですみません。
しあわせな夜です!
今の30代ってほんと若いし、キラキラしてる。
憧れの先輩がいっぱい思い浮かぶ。
だから決して"アラサー突入"はネガティブなことじゃない。
やっと自立して、自分でコントロールして、自由に生きられるようになるんじゃないか、って希望に溢れる。
女性としても輝ける今後、
女磨きも怠らないでいたい。
今日はデジタルだけど、満面の星空を眺めた。
北欧で見た、リアルな星空を思い出した。
あの星空は忘れられないし、更にあれにオーロラのレイヤーを重ねた景色を、いつか絶対に観たい。
今年は、しばらくひきこもってた(?)分、
また新たに活動的になりたい。
経験値を増やして、友達も増やして、視野を広げて、遊んで。
仕事も大分自分の領域やスタンスが見えてきた分、モチベーションも少し上がってきたし。
別の道筋も探しながら、でも今の仕事を自分なりに広げていくことも大事だと思う。
GWはカンボジアに行きます。
今の自分をいたわること。
それができてなかった。
自分が喜ぶことを、積極的にしてあげること。
自分を大切にしてあげるってどういうこと?
それを考えながら、1年を過ごしたい。
もちろん、いつも周りにいてくれる人に対しても、感謝を忘れず。
周りの人を大切にできる人間にもなりたいなぁ。
ワインが回ってて、いい気分で、まったくもって抽象的な日記ですみません。
しあわせな夜です!
2011年
03月
13日
(日)
02:27 |
編集
2011/3/11(金)の私の体験談を残しておきます。
私の人生史上でもこんなに大規模な地震は初めてでした。
といっても、私の周りは被災地に比べれば被害は少なく、
自分の身にも被害はありませんでした。
本当に、"生きててよかった"と。
3/11 14:30頃 【最初の地震発生】
客先訪問を終えて、ヒアリングした考えをまとめようと麻布十番のカフェへ。
席に着くやいなや、大きな横揺れを感じはじめ、
すぐ収まるかと思いきや、なかなか収まらない上に揺れが大きくなってきた。
すると、店内にいたもう1人の女性客が、「揺れてません?」と声をかけてきて、
店員も「外に出ましょう」と言ってきたので皆で急いで外に出た。
すると周りのお店からも出てきた店員やら客やらがいっぱいで、
麻布十番商店街の通りの中央に多くの人が集まっていた。
外に出てもしばらく揺れは収まらなく、寒い中皆で騒ぎながら外で待機。
一度収まって店に戻るも、また大きな揺れが。
また同じ場所でしばらく待機して、会社に戻ることに。
しかし地下鉄に乗るのはこわく、タクシーを拾おうとしても、
全部乗車済みで全く拾えない。
拾えたところで渋滞になってる。
しかたなく、歩いて会社に戻ることに。
今日はたまたま麻布十番でよかったと思った。
歩いても30分くらいで戻れるから。
道中では、街家電屋さんのテレビに群がる人たち、
タクシーを捕まえようとする人たち、
ワンセグを観る人たち、
携帯でメールや電話をする人たち、
PCで情報を確認する人たち、
サイレンと共に走り去る救急車や消防車、
空中に次々に出現するヘリコプター、、
"災害が今、確実に起こっている"
ということを実感させられる光景でした。
私も家族へ電話やメールをしてみたものの、全く繋がらず。。
そんな中職場から電話が。
こっちからかけるのは繋がらなかったけど、会社からの電話はとれた。
無事を報告し、歩いて帰ると告げた。
会社ってコミュニティに属していてよかったなって思った瞬間だった。
それから友人からもぱらぱらメールが。
私の安否を心配してくれる人たちがいる。
それだけで少し感動してしまった。
3/11 16:00頃 【会社到着】
会社前には、ゲルマン人の大移動かってくらい人の行列移動の波ができていた。
まだ定時前だけど、退社命令が出たのかしら?
帰ってくると自分の部の人たちが「帰ってきたぞ!」って騒いで迎え入れてくれた。
会社の方も大変だったみたいで、壁の一部に亀裂が入っていた。
(ちなみに私のいるビルは本社ビルではなく、ちょっと古いんだよね)
地震で壁に亀裂、そんなものを見るのも初めてだったので衝撃だった。
今日中に調整しなきゃいけないことが色々あったのだけど、
電話はつながらないわで仕事にならず。。
ただネットはつながったので、メールでなんとかやりとり。
社内の内線もつながってたので社内調整はできてよかった。
会社から自宅や家族の携帯にまた何度かかけたのだけど、なかなか繋がらず…
家族の安否がずっとわからず不安だった。
会社にはテレビがないので、
携帯のワンセグやネットで情報収集。
どうやら東北の方がひどいことになってるらしい?お台場が燃えてる?
そんなざっくりした情報しかわからなかった。
死者やけが人など、まだ調査が追いついていなく、数十人にとどまっていた。
定時少し前に、社内で「徒歩で帰れる方は帰ってください」とのアナウンスが。
都内の電車は停止状態、車道も渋滞で動かず、帰るには徒歩しか手段がなかった。
私は会社から自宅まで20km強。歩いたら4〜5時間はかかる距離だった。
とてもじゃないけど、ヒールで、寒い中そんなに歩くのは無理。
ここでじっとしていよう…と決断。
実際今日中にやらなきゃいけない仕事もたまっていたし。
徒歩で帰る、飲む、会社に泊まる、ホテルを探す…と各々今夜をどう乗り切るかを悩んでいた。
ホテルはうちの事業部長でも全く予約が取れず、後で聞いたらロビーを開放する程になっていたという。
うちの部の人たちは半分くらいは歩いて帰り、もう半分は飲んだ後歩いて帰るっていう決断をしてた。
私と、派遣さん(女性)のみ、会社に残ることに。
3/11 19:00頃
会社の近くのコンビニで食料を調達、しようと思ったら、、
おにぎり、パンは全くなし。1個も。
カップラーメンの棚もがらがらだったけど、ちょうど補充されているところだった。
でも実際被災地の現場だったら、おにぎりとかパンの方がいいよね。
お湯って入手できるかわからないから、カップ麺持ってたって役に立たないかもしれない。
ほとんどお菓子になってしまったけど、
飲み物もまだ買えたし、買えるものだけ買って会社に戻る。
3/11 21:00頃
会社に残っている皆でごはん食べに行こうってことになり、
会社近くの飲み屋通りへ。
お店が閉まっていたり、従業員がきていなくてお店が回っていなかったりで、
店探しにも苦戦。
やっと中華料理店に入るも、ごはんがなくなりチャーハンが出せないと。
それでもなんとかお腹を満たせたのでよかった。
早く店を閉めるところも多かった。
このくらいの時間帯だったか、
JRが今日中の復帰を諦めた、という情報が。
これで完全に帰るのを諦めた人も。
22時すぎころ、ようやく家族とも連絡がとれて、無事がわかって安心。
家も特に損傷等なかったみたい。
3/11 23:00頃〜
ところどころ路線が復活したところもあり、
徐々に電車で帰ることに挑戦しようとする人たちも。
一緒に泊まる予定だった派遣さんも帰って行って、部内には私1人に。
隣の部には、まだ電車が動かない、徒歩でも帰れないという人たちがいて、
もう集結しようじゃないかと会社内で飲み。笑
隣の部の人たちとはあまり話したことがなかったけど、
こんな時だからこそって親交が深まり、色々話すことができた。
途中で、電車で帰るのを試みた人が会社に戻ってきたりした。
電車に乗ろうとしたら、ホームや改札前に人が溢れていて、とても乗れたものじゃないと。
そんな人も混ざり、朝まで生テレビ状態。
隣の部の部長はエンドレスで喋っていて、もう40代なのにパワフルだった。
くだらない話から、部下のいじり、今後の会社の方向性まで色々語ってたなぁ。
別フロアにいた同期と途中で会って話したりして。
なんだか久しぶりの残留という感覚だった。(仕事しろ)
3/12 6:30頃
途中でその飲みを抜けて、仕事に戻ったり寝たりして、気付けば朝に。
電車は深夜はじめ頃から動き出してたけど、
混んでて乗れなさそうとか深夜に1人で帰るのもこわいという思いから、朝に帰ることに。
もっと混んでいるかと思っていたけど、
意外と平日の夜帰り並みな混みようで、難なく帰ることができました。
それでも通常の始発レベルに比べたら「なんでこんなに人いるの?」ってくらい異常に人がいたけど。
それでも家には8時前にはつけました。
部屋に入ると、本棚から本がどさどさ落ちていたり、
引き出しが空いていたり、化粧水が倒れてこぼれていたり。
"地震があった"ことを実感させられました。
3/12 午後
昼過ぎまで爆睡していて、起きてからはずっとテレビを観てます。
ネットではあまりわからなかった被害状況。
映像で見ると、もうただただ絶句。
地震自体も恐ろしいけど、津波の威力がすさまじい。
阪神大震災の時はまだ子どもであまり記憶になかったからか、余計に衝撃だった。
衝撃過ぎて、信じられなくて、現実のものだとなかなか思えなかった。
まだまだ余震が続いていて、震源が南下しているっていう情報もあって、
いつ関東の方にもまた大きいのがくるかわからない。
しばらくは安心できない。
初めて、災害用の準備をした。いつでも逃げ出せるように。
このまま眠るのも不安。月曜は出社できるのか。
今は、いつ死ぬかわからないっていうのを少しリアルに体感している。
死者もあっという間に3桁になっている。
そんな時、自分は今何がしたいんだろうって考えた。
申し訳ないけど、被災者のために何ができるだろうより前に、
自分は死ぬ直前、何をしていたいだろうって考えてしまった。
でも、思いつかなかったんだよね。
家族の安否を知りたい、家族(犬含め!)に会いたい、それだけだった。
おいしいもの食べておこう、とか、これ見ておこうとか、何も思わなかった。
今自分が一番大切なのは家族ってことなのかな。
不思議と、好きな人より前に家族だった。連絡をとろうと思ったのは。
今日も1日あいていたのに、何もしなかった。
普段だったら本を読んだりピアノを弾いたり勉強したりするけど、
何をする気も起きなかった。
私が普段したいこと、してることって、将来のためのことばかりかもしれない。
今を楽しむってことをあまりしていないのかもしれない、と気付かされた。
今、死んでしまったら、今まで楽しいことを我慢してやってきたことってなんだったんだろうってなる。
将来のために何か努力することは悪いことじゃない。
だけど今を楽しむことをもう少しするべきだと思った。
でもその"今を楽しむ"って具体的に何をすることなんだろうって。
何が、自分にとって、"楽しい"ことなんだろう。
明日も外出できなさそうなので、引き続きひきこもる。
明日は募金をしてみよう。今日はどこにしていいか迷ってアクセスも遅くてできなかったから。
安心して眠れない夜だけど、疲れてるからまだまだ爆睡できそう。
逃げ遅れたらどうしよう。
早く、地震がおさまりますように。
月曜は無事に出社できるといいな。
私の人生史上でもこんなに大規模な地震は初めてでした。
といっても、私の周りは被災地に比べれば被害は少なく、
自分の身にも被害はありませんでした。
本当に、"生きててよかった"と。
3/11 14:30頃 【最初の地震発生】
客先訪問を終えて、ヒアリングした考えをまとめようと麻布十番のカフェへ。
席に着くやいなや、大きな横揺れを感じはじめ、
すぐ収まるかと思いきや、なかなか収まらない上に揺れが大きくなってきた。
すると、店内にいたもう1人の女性客が、「揺れてません?」と声をかけてきて、
店員も「外に出ましょう」と言ってきたので皆で急いで外に出た。
すると周りのお店からも出てきた店員やら客やらがいっぱいで、
麻布十番商店街の通りの中央に多くの人が集まっていた。
外に出てもしばらく揺れは収まらなく、寒い中皆で騒ぎながら外で待機。
一度収まって店に戻るも、また大きな揺れが。
また同じ場所でしばらく待機して、会社に戻ることに。
しかし地下鉄に乗るのはこわく、タクシーを拾おうとしても、
全部乗車済みで全く拾えない。
拾えたところで渋滞になってる。
しかたなく、歩いて会社に戻ることに。
今日はたまたま麻布十番でよかったと思った。
歩いても30分くらいで戻れるから。
道中では、街家電屋さんのテレビに群がる人たち、
タクシーを捕まえようとする人たち、
ワンセグを観る人たち、
携帯でメールや電話をする人たち、
PCで情報を確認する人たち、
サイレンと共に走り去る救急車や消防車、
空中に次々に出現するヘリコプター、、
"災害が今、確実に起こっている"
ということを実感させられる光景でした。
私も家族へ電話やメールをしてみたものの、全く繋がらず。。
そんな中職場から電話が。
こっちからかけるのは繋がらなかったけど、会社からの電話はとれた。
無事を報告し、歩いて帰ると告げた。
会社ってコミュニティに属していてよかったなって思った瞬間だった。
それから友人からもぱらぱらメールが。
私の安否を心配してくれる人たちがいる。
それだけで少し感動してしまった。
3/11 16:00頃 【会社到着】
会社前には、ゲルマン人の大移動かってくらい人の行列移動の波ができていた。
まだ定時前だけど、退社命令が出たのかしら?
帰ってくると自分の部の人たちが「帰ってきたぞ!」って騒いで迎え入れてくれた。
会社の方も大変だったみたいで、壁の一部に亀裂が入っていた。
(ちなみに私のいるビルは本社ビルではなく、ちょっと古いんだよね)
地震で壁に亀裂、そんなものを見るのも初めてだったので衝撃だった。
今日中に調整しなきゃいけないことが色々あったのだけど、
電話はつながらないわで仕事にならず。。
ただネットはつながったので、メールでなんとかやりとり。
社内の内線もつながってたので社内調整はできてよかった。
会社から自宅や家族の携帯にまた何度かかけたのだけど、なかなか繋がらず…
家族の安否がずっとわからず不安だった。
会社にはテレビがないので、
携帯のワンセグやネットで情報収集。
どうやら東北の方がひどいことになってるらしい?お台場が燃えてる?
そんなざっくりした情報しかわからなかった。
死者やけが人など、まだ調査が追いついていなく、数十人にとどまっていた。
定時少し前に、社内で「徒歩で帰れる方は帰ってください」とのアナウンスが。
都内の電車は停止状態、車道も渋滞で動かず、帰るには徒歩しか手段がなかった。
私は会社から自宅まで20km強。歩いたら4〜5時間はかかる距離だった。
とてもじゃないけど、ヒールで、寒い中そんなに歩くのは無理。
ここでじっとしていよう…と決断。
実際今日中にやらなきゃいけない仕事もたまっていたし。
徒歩で帰る、飲む、会社に泊まる、ホテルを探す…と各々今夜をどう乗り切るかを悩んでいた。
ホテルはうちの事業部長でも全く予約が取れず、後で聞いたらロビーを開放する程になっていたという。
うちの部の人たちは半分くらいは歩いて帰り、もう半分は飲んだ後歩いて帰るっていう決断をしてた。
私と、派遣さん(女性)のみ、会社に残ることに。
3/11 19:00頃
会社の近くのコンビニで食料を調達、しようと思ったら、、
おにぎり、パンは全くなし。1個も。
カップラーメンの棚もがらがらだったけど、ちょうど補充されているところだった。
でも実際被災地の現場だったら、おにぎりとかパンの方がいいよね。
お湯って入手できるかわからないから、カップ麺持ってたって役に立たないかもしれない。
ほとんどお菓子になってしまったけど、
飲み物もまだ買えたし、買えるものだけ買って会社に戻る。
3/11 21:00頃
会社に残っている皆でごはん食べに行こうってことになり、
会社近くの飲み屋通りへ。
お店が閉まっていたり、従業員がきていなくてお店が回っていなかったりで、
店探しにも苦戦。
やっと中華料理店に入るも、ごはんがなくなりチャーハンが出せないと。
それでもなんとかお腹を満たせたのでよかった。
早く店を閉めるところも多かった。
このくらいの時間帯だったか、
JRが今日中の復帰を諦めた、という情報が。
これで完全に帰るのを諦めた人も。
22時すぎころ、ようやく家族とも連絡がとれて、無事がわかって安心。
家も特に損傷等なかったみたい。
3/11 23:00頃〜
ところどころ路線が復活したところもあり、
徐々に電車で帰ることに挑戦しようとする人たちも。
一緒に泊まる予定だった派遣さんも帰って行って、部内には私1人に。
隣の部には、まだ電車が動かない、徒歩でも帰れないという人たちがいて、
もう集結しようじゃないかと会社内で飲み。笑
隣の部の人たちとはあまり話したことがなかったけど、
こんな時だからこそって親交が深まり、色々話すことができた。
途中で、電車で帰るのを試みた人が会社に戻ってきたりした。
電車に乗ろうとしたら、ホームや改札前に人が溢れていて、とても乗れたものじゃないと。
そんな人も混ざり、朝まで生テレビ状態。
隣の部の部長はエンドレスで喋っていて、もう40代なのにパワフルだった。
くだらない話から、部下のいじり、今後の会社の方向性まで色々語ってたなぁ。
別フロアにいた同期と途中で会って話したりして。
なんだか久しぶりの残留という感覚だった。(仕事しろ)
3/12 6:30頃
途中でその飲みを抜けて、仕事に戻ったり寝たりして、気付けば朝に。
電車は深夜はじめ頃から動き出してたけど、
混んでて乗れなさそうとか深夜に1人で帰るのもこわいという思いから、朝に帰ることに。
もっと混んでいるかと思っていたけど、
意外と平日の夜帰り並みな混みようで、難なく帰ることができました。
それでも通常の始発レベルに比べたら「なんでこんなに人いるの?」ってくらい異常に人がいたけど。
それでも家には8時前にはつけました。
部屋に入ると、本棚から本がどさどさ落ちていたり、
引き出しが空いていたり、化粧水が倒れてこぼれていたり。
"地震があった"ことを実感させられました。
3/12 午後
昼過ぎまで爆睡していて、起きてからはずっとテレビを観てます。
ネットではあまりわからなかった被害状況。
映像で見ると、もうただただ絶句。
地震自体も恐ろしいけど、津波の威力がすさまじい。
阪神大震災の時はまだ子どもであまり記憶になかったからか、余計に衝撃だった。
衝撃過ぎて、信じられなくて、現実のものだとなかなか思えなかった。
まだまだ余震が続いていて、震源が南下しているっていう情報もあって、
いつ関東の方にもまた大きいのがくるかわからない。
しばらくは安心できない。
初めて、災害用の準備をした。いつでも逃げ出せるように。
このまま眠るのも不安。月曜は出社できるのか。
今は、いつ死ぬかわからないっていうのを少しリアルに体感している。
死者もあっという間に3桁になっている。
そんな時、自分は今何がしたいんだろうって考えた。
申し訳ないけど、被災者のために何ができるだろうより前に、
自分は死ぬ直前、何をしていたいだろうって考えてしまった。
でも、思いつかなかったんだよね。
家族の安否を知りたい、家族(犬含め!)に会いたい、それだけだった。
おいしいもの食べておこう、とか、これ見ておこうとか、何も思わなかった。
今自分が一番大切なのは家族ってことなのかな。
不思議と、好きな人より前に家族だった。連絡をとろうと思ったのは。
今日も1日あいていたのに、何もしなかった。
普段だったら本を読んだりピアノを弾いたり勉強したりするけど、
何をする気も起きなかった。
私が普段したいこと、してることって、将来のためのことばかりかもしれない。
今を楽しむってことをあまりしていないのかもしれない、と気付かされた。
今、死んでしまったら、今まで楽しいことを我慢してやってきたことってなんだったんだろうってなる。
将来のために何か努力することは悪いことじゃない。
だけど今を楽しむことをもう少しするべきだと思った。
でもその"今を楽しむ"って具体的に何をすることなんだろうって。
何が、自分にとって、"楽しい"ことなんだろう。
明日も外出できなさそうなので、引き続きひきこもる。
明日は募金をしてみよう。今日はどこにしていいか迷ってアクセスも遅くてできなかったから。
安心して眠れない夜だけど、疲れてるからまだまだ爆睡できそう。
逃げ遅れたらどうしよう。
早く、地震がおさまりますように。
月曜は無事に出社できるといいな。


